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戦後70年

本日のブログは

私、小山の個人的な話であり

そのような物に興味の無い方は(大半の方は)

どうぞスルーして頂きますよう

くれぐれも宜しくお願い申し上げます。
















戦争についての話です。

戦後70年

私は43歳なので

もちろん戦後生まれですが(それでも戦後二十数年しか経っていなかったのか)

父は戦中生まれであります。




敗戦濃厚な戦争末期

実家である四国の田舎町にまで

アメリカの飛行機が飛んできて

その度に防空警報が鳴り響き

皆慌てて防空壕に避難していました。




とにかく外に出てはいけない




子を持つ親は大変で

庭や近所の原っぱなどで遊んでいる子供を抱えて

必死で避難したそうです。




それでも近くにいればまだ良いのですが

遠出をしている時には

無事を祈るしかありませんでした。






その日も昼過ぎに警報が鳴り

親達は(つまり私の祖父母です)

子供たちを避難させていました(父は6人兄弟)





ところが

どこを探しても私の父が見つかりません

当時5、6歳だった父は

何と一人で屋根に上って遊んでいたのです。





それに気付いた頃には

時既に遅し

一機の飛行機がその父めがけて急降下してきていました。






ぐんぐん父に近づきます

声をあげる者

目を背ける者

誰もが観念したそうです。








ところが

そのアメリカの飛行機は

一発の弾を撃つ事無く

ギリギリの所で急上昇して

そのまま飛び去って行きました。








危ない所だった

助かった

家族の安堵感たるや如何ばかりだったでしょう。
















さて

アメリカ機は何故撃たなかったのでしょうか



近づいてみると子供だったから

自分も国にあの位の子供がいる

引き鉄を引くことが出来ない





子どもなんか撃っても仕方がない

弾一発幾らすると思ってるんだ

もっと大物の為に取っとかないと





獲物だと思ったのに

弾切れか

運のいい奴め






HaHaHaHaHaー

チョット脅かしただけだよー

ビビっただろー








はたして

何故撃たなかったかはわかりませんが

とにかく父は助かりました。











やがて戦争が終わり

子供だった父も大人になり

結婚して

子をもうけました。



その内の一人が私です。
























私が

この話を聞いたのは最近の事であります。





ショックでした

戸惑い

うろたえました。



深く考え込み

その答えはまだ出ていません。




なぜなら

私は歳を重ねるにつれ

アメリカという国が好きではなくなっていたからです。














湾岸戦争あたりからその思いが現れ

年々その傾向が強くなっていました。











好きな物ももちろんあります



「ビーチボーイズ」

年中ビートルズを聞いていますが

夏だけはビーチボーイズの方がいいです。




「ニューバランス」

棺桶に入る時

チャーチにするかニューバランスにするか

迷っています。










好きじゃないのは

・・・・・・・・・それについては細かくは触れません。












ところが

そんな

好きとか嫌いとか

そんな話ではなくなりました。








私は

アメリカ人の

情けだか

いい加減さだか

おおらかさだか

何だかよくわからないけど

そういった物の上に生かされているという事実を知り

それは

今まで生きてきた中で育んだものを

根底から覆すものであり

ゆえに

どうしたらよいのかわからないのです。





答は簡単に見つからないとは思ってます

答えなんか無いのかもしれません




ただ青かっただけなのか




そんなに深刻な話でもないんだけど

困ったな。

















変なブログになってしまいました。

気分を害された方がいらっしゃいましたら(いるだろーなー)

申し訳ございません

次は楽しいブログを書きます。







最後に

この話は

個人的なものであり

一つの事実であるとはいえ

この話をもって戦争を語るものではありません。




ご了承下さい。






koyama
by komore228 | 2015-07-10 22:08 | プライベート | Comments(0)


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